学校との係争の難しさ
学校教育という事業が有する特殊性
学校教育という事業には、いくつかの特殊な性質があります。「教育」の定義の仕方は様々ありますが、最大公約数を述べるのであれば、「何らかの教育者が良いと考える方向での働きかけ」となり、被教育者を既存の文化や秩序に適合させるという側面を有します。したがって、学校教育は、保護者、児童・生徒等の意向に反していたり、権利・利益を制約したりする場合があることを当然の前提とした事業です。
また、学校教育は、組織的に集団として行われる教育であり、他の生徒等との関係での資源の配分や、学校の有する人的・物的設備による制約も存在します。さらに、学校教育の内容や方法、成果の測定は、専門性も高く一元的な基準の策定や規律が困難であり、これをどのように行うのかは、学校及びその設置者の合理的な裁量に委ねられているというべきであり、一概に違法又は不当との評価を下すことは困難です。
以上を踏まえると、保護者、生徒等が、学校教育の内容について争うためには、単に保護者、生徒等の意向に反していたり、学校外において有する権利・利益が制約されていると主張するだけでは足りず、これが法令による明確な規定に反していることを主張したり、重大な権利・利益に対する許されない侵害であることを主張したり、学校に許された裁量の範囲を逸脱し又は濫用していると主張したりする必要がありますが、学校教育という事業の特殊性を踏まえると保護者、生徒等の主張を通すことは難しいことが多いのです。
時の人質という問題
学校教育において、違法又は明らかに不当なことが行われているとして、保護者、生徒等がこれを是正させるには、どのようにしたらよいのでしょうか。もちろん、学校の校長や設置者に対して抗議をして是正させたり、監督庁に対して働きかけを行って助言・指導を通じて是正させるという方法はあります。ただ、学校の確固たる方針になっていたり、他の保護者や地域社会から支持されていたりする場合には、学校が是正を行うことは期待できません。そうすると、保護者、生徒等は学校(の設置者)に対し、処分の取り消し、義務不存在確認、損害賠償請求などの訴訟を提起して、裁判所の判決をもって違法な状態の是正を行わざるを得ないこととなります。しかし、訴訟は第一審の判決までに半年から1年の期間を要することがあり、第一審において学校の敗訴の判決がなされたとしても、学校の確固たる方針を否定するものであれば、学校が控訴、上告をすることも考えられ、最終的な結論が出るまでにさらに期間を要することとなります。
例えば、高等学校が生徒に懲戒退学処分をしたものの、処分が違法である場合、最終的には保護者、生徒等は勝訴し、復学を認める旨の判決を得ることができます。しかし、訴訟が係属している期間、生徒は学校に通学することはできません。2年後に判決が確定した時点で、法律上は復学をすることができますが、既に同級生たちは2学年先に進んでいる状況で、実際に復学して授業を受けることは同年齢の生徒が大半である日本の高等学校の現状を考えると難しいのではないでしょうか。もちろん、公立学校であれば執行停止、私立学校であれば仮処分という方法も存在しますが、仮の救済のハードルも決して低くはありません。
以上のようなことを考慮すると、良心的な保護者、生徒等であればあるほど、学校がたとえ違法な行為をしており訴訟を提起した場合には、最終的に勝訴することが見込まれたとしても、その間の生徒等の学習環境の確保や違法な行為を行った学校への期待の喪失から、学校に対して訴訟を行うという選択を避け、懲戒退学処分を受けても別の学校に転校したり、復学を求めず損害賠償請求のみを行ったりしますし、退学以外の違法な取扱いにも我慢して卒業を待つという選択を強いられることになります。
学校教育自体が、ある意味で学校が生徒等を人質に取るという要素を内在していますが、特に時に関する人質は、学校との訴訟を避ける方向の強いインセンティブをもたらすものであり、学校の違法な行為に対する抑止が効かないことの一因になっています。