学校法務の難しさの原因には3つの要素がある
学校法務の難しさの原因については様々な説明があり得ますが、次の3つの要素を挙げることができます。
- 学校教育関係の継続性
- 学校教育に対する要求の高さ
- 受益者と対応の相手方の相違
学校教育関係の継続性
学校教育は、多くの場合、3年から6年の期間、同一の学校に通うことにより行われます。もちろん、公立学校から私立学校への転校や、公立学校間、私立学校間での転校もあり得ますが、実際に転校が可能であるのかは居住地域や経済力、募集時期や人数にも影響されるのであり、ひとたび学校と保護者との関係が悪化した場合であっても、関係を断ち切ることが難しいという特徴があります。
特に、学校(の設置者)の側から、良好な関係の構築が期待しがたい保護者、児童・生徒等との関係を断ち切ることは困難です。懲戒としての退学処分、懲戒としてではない退学処分を科すことは学校教育法その他の法令、学則により厳格に制限されており、就学指定の変更やクラス替えにも保護者、児童・生徒等が激しく抵抗することや、仮に実施できてもその後の対応が一層困難になることが予想されます。
学校教育に対する要求の高さ
学校教育は、莫大な時間、費用、人的・物的資源等を用いて行われます。費用の原資は家計であることもありますが、公立・私立の別を問わず、通常は多額の税金が投入されています。また、学校教育は主として子どもを対象としますが、親は子どもに対して「良い」教育が行われることにより、子どもの就労や賃金獲得の機会の増加、社会階層の上昇が可能であるという期待を有しています。
こうした親や納税者からの要求は、子どもの生命、身体の安全の保護は当然の前提として、教育目的や内容、方法、特別なニーズへの対応にまで及びますが、立場によりバラバラであり同じ者であっても一貫しているとも限りません。また学校教育が公教育として行われる以上、すべての要求に応えることは不可能であり、必ず誰かが不満を抱くという構造にあります。
受益者と対応の相手方の相違
学校教育を受ける客体であり受益者であるのは児童・生徒等ですが、実際に学校を選択し、学校に対する要求を行い、学校が対応しなければならないのは多くの場合「保護者」です。この受益者と対応の相手方との相違も学校法務を極めて難しくしています。
例えば、公立学校において、保護者が学校への要求の過程で教職員に暴力をふるった場合、学校が保護者に対し、当面の間、対面での教職員への接触を禁止することは通常、正当化されます。しかし、このような場合であっても、児童・生徒等の登校を妨げることはできず、学校で他の児童・生徒等とトラブルを起こしたり、学校でケガをする等した場合には、教職員から保護者に報告をしたり、自宅まで送り届けたりしたりせざるを得ない場合があるのです。
あるべき学校法務
「毅然とした対処」と「寄り添う対処」の問題点
学校法務に明るくない弁護士や世間一般の素人は、「学校は保護者に対し、弁護士を入れて『毅然とした対処』をすべきだ」といった安直な主張をすることがありますが、その後のことを考えない暴論というほかはありません。学校が保護者に「毅然と対処」した翌日からも児童・生徒等は学校に通い続け、保護者との関係を持たざるを得ず、その際には児童・生徒等や保護者の協力を得なければならないか、少なくとも協力を得なければ極めて困難なものがあるからです。
他方で、近時、「学校は保護者に対し、話を聞いて『寄り添う』べきだ」といった主張がなされることがあります。教育が対人関係に重きを置いた事業であり、教員には対人職としての側面があることからすれば、「寄り添う」ということは少なくとも理念としては間違いではありません。しかし、学校にある資源や教職員の時間は有限であり、一児童・生徒等や保護者に対して無限定に寄り添うことは、他の児童・生徒等や保護者に対する給付の減少をもたらすことを考慮すると、現実にはどこか適当なところで線を引く必要があります。
法令の範囲内での教育的対応
あるべき学校法務を考えるうえで、最も重要なことは法令により要求される対応がどのような対応であるのかの把握です。後に保護者対応の項で詳しく説明しますが、児童・生徒等、保護者は、学校の側の意向に関わらず訴訟を提起して裁判所に判断を求めることができます。訴訟には強制的な紛争解決力があるわけですが、訴訟において裁判所の判断の基準となるのは法令のみです。
教育的には妥当であったり保護者の意向に従った対応であったりしても法令に違反している場合には、その後に児童・生徒等や保護者が訴訟を提起して裁判所に判断を求めた場合には、裁判所が処分を取り消したり損害賠償が命じたりすることがあります。逆に、教育的には妥当ではなかったり保護者の意向に反した対応であったりしても法令の範囲内である限り、裁判所が処分を取り消したり損害賠償を命じたりすることはありません。
学校教育の多くの場面において、学校には大きな「裁量」が認められています。法令に違反するか否かはゼロかイチかというものではなく、ある程度の適法な範囲があり、その範囲を逸脱した場合には違法になるという理解が正確でしょう。法令により学校に認められた活動の範囲がどの範囲であるのかを把握することが学校法務の第一歩です。学校の活動が法令の範囲内にとどまるのであれば、その中で教育的にどのような選択がベストであるのかを判断することとなります。
学校法務を担う人材
上記のように学校教育に許される法令の範囲を見極めるために重要なのは、学校教育法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律などの個別法、さらにその下位の規則、地方公共団体の条例、教育委員会規則等の解釈とこれに基づく運用です。しかしながら、従来の教育法学は、国と教育との関係、すなわち国家による教育内容や教員への統制に主眼を置いており、日本国憲法、教育基本法といった大上段の法令に重きを置き、個別法の解釈については知見を蓄積してきませんでした。近時、子どもの権利ブームが起こっていますが、やはり子どもの権利条約や子どもの権利基本法といった抽象的な理念法に重きを置く傾向にあることは否めません。
個別法の解釈と運用をきちんと行うことのできる文部科学省・教育委員会職員、学校管理職・教員、裁判官・弁護士などの学校法務を担う人材の養成が課題となっています。